会社を相続する~家業の後継ぎ・経営者が亡くなった場合の手続きと注意点
会社の社長が亡くなった時にはどのようにして会社を相続するのでしょうか?実は「会社」自体を相続することはできません。相続することができるのは会社の「株式」となります。でも株式を相続しただけで会社の相続全てが完了するわけでもありません。今回の記事では経営者が亡くなった時にどのように家業を後継すれば良いのか、具体的な手続きと注意点をご紹介していきます。
会社を相続するとは
先代の社長が亡くなっても「会社」自体は社長の財産ではないので相続することはできません。
子供が先代の家業を後継ぎしたい場合には、まず会社の「株式」を相続する必要があります。過半数以上の株式を相続した場合には会社の「経営権」を持つことができるようになります。
会社を相続する流れ
会社を相続するためには
- 株式を相続
- 株主総会を開催
- 代表取締役に就任
という段階を踏む必要があります。
株式を相続する
会社を相続するためには「株式」を相続で受け取る必要があります。株式を相続するためにはまず「遺産分割協議」を行い、協議がまとまったら遺産分割協議書を作成し、株券発行会社にて名義書換の手続きを行います。遺産分割協議による名義書換の場合、以下の書類を準備しましょう。
- 被相続人の出生から死亡までの連続したすべての戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 遺産分割協議書の写し
- 相続人全員の印鑑登録証明書
- 証券会社等の所定の書類(株式名義書換請求書や株主票など)
株主総会を開催し代表取締役に就任
名義書換が完了したら株主により「株主総会」を開きます。その株主総会にて「代表取締役」に就任することで事実上会社を相続することができます。あとはその内容を登記する必要がありますので、以下の書類を作成・準備して本店所在地の管轄の法務局に申請します。
- 変更登記申請書
- 代表取締役を選定した会議の議事録
- 辞任届
- 就任承諾書
- 印鑑(改印)届書
- 印鑑証明書
その他会社を相続する際に必要な手続き
形式上は上記で記載した手順を踏むことにより会社を相続することができます。しかし実務上、会社を経営していく上でやらなければいけないことは他にもたくさんあります。会社を相続したら具体的には以下のようなことをしなければなりません。
銀行口座の名義変更
銀行口座も先代の代表名義になっているので、銀行口座の名義変更も行いましょう。名義変更に当たっては以下の書類が必要となります。
- 各口座のお通帳(証書)
- 法人キャッシュカード
- 各口座のお届印
- 新しくお届けになるご印鑑
- 印鑑証明書(法人のもの)
- 登記事項証明書
- 社判・ゴム判
- 本人確認資料
※銀行により必要書類が異なる場合がありますので手続きを行う際には対象の銀行にてご確認ください。
役所への名義変更手続き
また税務署、都・県税事務所、市町村役場の3ヶ所に「異動届出書」を提出する必要があります。
異動届出書には代表が変更した旨を記載します。具体的には、移動事項等の欄に「代表者変更」と記載し、異動前には先代の被相続人の名前を、移動後には今回就任する代表者の名前を記載します。右にある移動年月日、登記年月日も記載しておきましょう。
その他健康保険、厚生年金に関しては「事業所関係変更届」を、労働保険および雇用保険関係では「名称、所在地等変更届」、「事業主事業所各種変更届」を提出する必要があります。
取引先へ代表変更の案内
また取引先へも代表が変更した旨のお知らせをする必要があります。主要な取引先へは直接ご挨拶に伺って代表が変わった旨をお伝えします。ご案内を郵送でご案内する場合、差出人は新たな社長の名前で送ります。挨拶状は社長交代後1週間以内に送付するのが良いとされています。
個人事業の相続を行う場合
家業を継ぐ場合に先代が法人ではなく「個人」だった場合にはどうなるのでしょうか?
事業を引き継ぐにしてもまずは先代の個人事業を廃業するための手続きが必要となりますので、以下の書類を提出します。
- 個人事業者の死亡届出書
- 個人事業の開業・廃業等届出書
- 事業廃止届出書
- 所得税の青色申告の取りやめ届出書
- 給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
個人事業者の死亡届出書
個人の課税事業者が死亡した場合の手続で、死亡した課税事業者の相続人が行います。提出時期は「事由が生じた場合、速やかに」とされています。
個人事業の開業・廃業等届出書
事業を廃止した時に提出する届出で、事業の廃業等の事実があった日から1月以内に提出するものとされています。先代が亡くなった場合には事業は一度廃業となりますのでこの廃業届を提出する必要があります。
事業廃止届出書
消費税法に規定されている手続きで、消費税の課税事業者が事業を廃止した場合にはこの事業廃止届出書を提出する必要があります。提出時期は「事由が生じた場合、速やかに」とされています。
所得税の青色申告の取りやめ届出書
この青色申告の取りやめ届出書は、青色申告の承認を受けていた方が青色申告書による申告を取りやめようとする場合の手続で、こちらも廃止の事実があった日から1か月以内に提出するものとされています。被相続人が青色申告をされていたことが確認された場合にはこの所得税の青色申告の取りやめ届出書を提出する必要があります。
給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
もし被相続人が行なっていた事業で給与の支払いがあり、国内に給与等の支払事務を取り扱う事務所等を開設していた場合、給与支払い事務所等の解説・移転・廃止届出書を提出し廃止した旨を所轄税務署長に対して届け出を行います。
被相続人の準確定申告も忘れずに
被相続人が事業をされていた場合には「準確定申告」もする必要があるので注意しましょう。
準確定申告とは、1月1日から死亡した日までの所得についての申告のことで、死亡日までの確定申告を行わなければなりません。準確定申告の申告期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に行なうこととされています。
相続税の申告期限は相続開始を知った日(被相続人の死亡した日)の翌日から10ヶ月以内ですので、準確定申告はそれよりも短い申告期限となっています。準確定申告の申告忘れにはご注意ください。
会社を相続する場合の評価における注意点
会社(法人)を相続するためにはまず「株式」を取得する必要があります。上場会社であれば下記の中で「最も低い価格」と「亡くなった日の最終価格」を比較し、そのうちの「低い方」の価格により上場株式の評価額とします。
- 課税時期の月の毎日の最終価格の平均額
- 課税時期の月の前月の毎日の最終価格の平均額
- 課税時期の月の前々月の毎日の最終価格の平均額
一方、 「上場株式」や「気配相場等のある株式」以外の取引相場のない株式は「原則的評価方式」または「特例的な評価方式の配当還元方式」により評価します。
原則的評価方式
原則的評価方式は、評価する株式を発行した会社を総資産価額、従業員数、及び取引金額により「大会社」、「中会社」、「小会社」のいずれかに区分して、評価し、大会社の場合には類似業種比準方式、小会社の場合には純資産価額方式、中会社の場合には大会社と小会社の評価方法を併用して評価を行います。
大会社の評価方法
類似業種比準方式
類似業種の株価を基に、評価する会社の一株当たりの「配当金額」、「利益金額」及び「純資産価額(簿価)」の三つで比準して評価する方法
小会社の評価方法
純資産価額方式
純資産価額方式は、会社の総資産や負債を原則として相続税の評価に洗い替えて、その評価した総資産の価額から負債や評価差額に対する法人税額等相当額を差し引いた残りの金額により評価する方法
中会社の評価方法
大会社と小会社の評価方法を併用して評価
特例的な評価方式の配当還元方式
その他、同族株主等以外の株主が取得した株式については、その株式の発行会社の規模にかかわらず原則的評価方式に代えて「特例的な評価方式の配当還元方式」で評価します。配当還元方式は、その株式を所有することによって受け取る一年間の配当金額を、一定の利率(10%)で還元して元本である株式の価額を評価する方法です。
株式の評価方法は相続税の金額が大幅に変わる部分であるため、相続の際に税務署からよく指摘される部分です。特に中小企業の取引相場のない株式は複雑な計算になるため評価の際にはご注意ください。
会社への貸付金も相続の対象となるので注意
その他、社長が会社に貸し付けていた資金も相続財産の対象となりますのでご注意ください。中小企業によっては社長から会社への貸し付けが、長い期間をかけ数千万円と膨れ上がっている場合もあります。相続が発生し突如その数千万円の貸付金が「相続財産」とみなされ相続税がかけられてしまっては大変です。
一定の場合には貸付金が相続財産から免除
貸付金が免除される場合もありますが、そのためには一定の条件に該当していなければなりません。一定の条件とは以下のようなことを言います。
- 手形交換所の取引停止処分を受けた
- 会社更生法による更生手続開始の決定があった
- 民事再生法による再生手続開始の決定があった
- 会社法による特別清算開始の命令があった
- 破産法による破産手続開始の決定があった
- 業況不振や重大な損失により事業を廃止した
- 業況不振や重大な損失により6か月以上休業している
つまり法人が破産しているような状況や、事業を廃止または休業している場合には貸付金が相続財産とみなされずに免除されます。
しかし逆に言えばそれ以外の場合には会社への貸付金は相続財産とみなされてしまいます。ほぼ回収できないという形だけの相続財産だとしても相続財産とみなされてしまうのです。
社長からの貸付金に対する相続税対策
そのような場合の貸付金に対しての対策としては生前に債権放棄(債務免除)をしておくことが有効です。
もし債権放棄をした場合、会社としては「債務免除益」が発生しますので法人税が課税されてしまいます。ですが会社に累積している「繰越欠損金」があれば、債務免除益を発生させても繰越欠損金と相殺することができ、免除益が出た分の法人税は課税されずに済みます。
社長がどれくらい会社に貸し付けをしているのか調べたい場合には法人税申告書の内訳書の「借入金及び支払利子の内訳書」で社長から会社にいくら貸し付けているのかを確認することができます。※社長からすると貸付金ですが、法人からすると「借入金」となります。
また法人税の申告書別表1の「翌期へ繰り越す欠損金額」の欄または別表7(1)で会社に繰越欠損金がいくらあるのかを確認することができます。もし欠損金額が社長からの借り入れ金額よりも多くある場合には法人税の支払額を増加させずに貸付金の相続財産を減らすことができます。
事業承継税制を使い会社を相続
事業を承継するにあたって最近では国としても円滑な事業承継が行われるように税金面での優遇措置を行なっています。一定の条件が満たされていれば贈与税や相続税が優遇されます。
法人版事業承継税制
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、※円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度のことを言います。
※円滑化法とは中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律のことで、認定を受けるためには、対象会社に関する要件、後継者に関する要件、先代経営者 に関する要件、先代経営者以外の株主等に関する要件を満たしている必要があります。
個人版事業承継税制
個人版事業承継税制は、青色申告(正規の簿記の原則によるものに限ります。)に係る事業(不動産貸付事業等を除きます。)を行っていた事業者の後継者として円滑化法の認定を受けた者が、個人の事業用資産を贈与又は相続等により取得した場合において、その事業用資産に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。
法人でも個人でも一定の要件がありますが、その要件を満たしている場合、平成30年からは、税制改正により株式にかかる「贈与税」や「相続税」を最終的に100%免除してくれることとなりました。(改正前の場合相続税は80%の猶予)その他今回の改正により後継者人数の拡大など改正により多くの中小企業がこの事業承継税制を受けられるようにと活用のためのハードルが下げられています。
しかしこれらの事業承継税制の特例措置を受けるためには中小企業だけで完結するものではなく、
- 特例承継計画の策定
- 確認申請
- 贈与
- 認定申請
- 税務署へ申告
- 都道府県庁へ「年次報告書」
- 税務署へ「継続届出書」
などの段階を踏む必要があり、特例承継計画では「認定経営革新等支援機関 」(商工会、商工会議所、金融機関、税理士 等)の所見が必要となります。
この事業承継の特例については毎年変更が加えられており、また長期に渡り書類を提出し続けなければならないため、専門家にご相談しながら必要書類を作成していくことをお勧めします。
まとめ:会社を相続する場合の手続きと注意点
今回の記事では会社自体を相続するということはできないことをお伝えしました。
まず「株式」を相続し、必要な手順を経て「代表取締役」となることにより、形式的には会社を相続したこととなります。しかし実務上、役所への変更届け、銀行や関係会社へのご案内などその他にもすることは多くあります。
また株式を相続する際には取引相場のない株式は評価方法が複雑なので注意が必要です。近年では事業承継税制の特例があるので、事業承継を行いたい方、対策をしたいという場合には専門家にご相談ください。
税理士も「認定支援機関」として事業承継の特例を受けるためのサポートをすることができます。